うつ病での受給事例
相談前の困りごと
トラックドライバーとして長年勤務し、その後、営業所の所長を兼務するようになったことで、職場の人間関係に悩みを抱えるようになりました。不眠や「消えたい」という気持ちが強くなり、奥様に勧められてメンタルクリニックを受診したところ、うつ病と診断され、休職。その後、退職することになりました。
しかし、家族の生計を支えるため、十分に回復しないまま転職。運転手の仕事はこれまで経験してきた仕事だったものの、毎日の長時間労働に耐えることができず、思考力の低下や集中困難などの症状が悪化しました。そのような中で交通事故を起こしてしまい、そのショックも重なって再び休職し、最終的に退職することになりました。
その後は自宅の暗い部屋に閉じこもり、眠れず、食事も十分にとれない状態が続いていました。休職中は傷病手当金を受給していましたが、支給期間である1年3か月を経過しても症状の改善が見られず、医師から就労可能の診断がでませんでした。休職中は自身の傷病手当金と、奥様の働いた分の収入で生活していましたが、傷病手当金の支給期間(最長1年6か月)がすぎてもなお、就労ができず奥様に経済的に負担をかけてしまうことへの心配があり、障害年金の請求を考えるようになりました。
傷病名
うつ病
請求時の年齢・性別・就労状況
50代 男性 無職
請求の種類
初回裁定請求
社労士に相談したきっかけ
年金制度については知っていたものの、独特の用語が多く、年金事務所で説明を受けても内容を理解することが難しかったそうです。
また、記憶力や集中力の低下もあり、説明を受けても後から内容を思い出せなかったり、聞き取れなかった部分があることで手順が分からなくなったりすることが続き、自分一人で手続きを進めることは難しいと感じたそうです。
「主治医に診断書の作成をお願いして、もし断られたらどうしよう」という不安があり、主治医に診断書の作成を依頼することにも抵抗を感じていたそうです。
また、うつ病の症状が強いときは、行政窓口でのやり取りに不安が強くなり、手先が震えてしまうことがあり、それを窓口担当者に見せることに抵抗があったとのことでした。また、些細なことでイライラしてしまい、窓口担当者に怒鳴ってしまうこともあり、あとから後悔し落ち込み、窓口に出向くことが更に負担になってしまっていたとのことでした。
サポートの内容
クリニックには体調が比較的良いときに通院していたため、診察時には、日常生活で症状が強く出ているときの様子を十分に主治医へ伝えられていなかったようです。
そこで、発症から現在までの病状の変化や、日による症状の波、日常生活で困っていることなどを丁寧に聞き取り、診断書を作成する際の参考として、主治医の先生に書面でお伝えしました。
また、診断書の作成を主治医に依頼することにも不安を感じていたため、クリニックへの同行支援を行いました。クリニックの方針により診察室まで同行することはできませんでしたが、診察室に入る直前まで、依頼する内容や伝えることを一緒に確認しました。
その結果、落ち着いて主治医の先生に診断書の作成を依頼することができたそうです。
自分の病気の症状を深く掘り下げて分析する人もいらっしゃいますが、病状やその人柄によって、病状理解に至るまで難しい方もいらっしゃいます。
今までの生活歴を一緒に振り返り、うつ病になる前には行えていたこと、できなくなってしまったことを掘り下げてお話をうかがい、病歴就労状況等申立書の作成を行いました。
最終的な受給結果
障害厚生年金2級(年額約130万円)
受給決定後の生活・心理面の変化
受給決定までは、奥様が家事など生活全般を支えながら、経済面でも家族を支えてくれていることに負い目を感じていたそうです。一方で、症状が悪化すると奥様にきつく当たってしまう自分を責め、「自分がいないほうがよいのではないか」と考えてしまうこともあったとのことでした。
傷病手当金の支給期間終了後も仕事ができず、収入面で奥様に迷惑をかけてしまうことへの不安も大きかったとのことです。
年金の手続きを開始してから、約5~6か月後に受給可否が決定します。障害認定日のタイミングと傷病手当金の支給期間満了が人によって必ずしも一致しませんので、年金手続きのタイミングはひとそれぞれとなりますが、今回の依頼人様は傷病手当金のあとの生活保障として、公的年金である障害年金の手続きを早めに行い、次のステップにスムーズに移行できたように考えます。
障害年金の受給が決まり、経済面での見通しが立ったことで、少しずつ治療にも前向きに取り組めるようになりました。現在は、無理のない範囲で自宅から外に出るトレーニングにも取り組んでいるそうです。


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